10月のカレンダーをめくると、ふと目に入る「神無月(かんなづき)」という言葉。神様がいない月、と書くと少しさびしい響きがあります。昔から「この月は日本中の神様が出雲へお出かけになる」と語られてきたので、「では、うちの神棚はどうしたらいいのだろう」「お供えを続けても意味がないのでは」と気になる方もいらっしゃるかもしれません。
結論から言うと、神無月だからといって神棚のお世話をお休みする必要はない、と考えるのが一般的です。その理由には、言葉の由来にまつわるいくつかの説や、「留守神(るすがみ)」と呼ばれる神様の言い伝えが関わっています。
この記事では、神無月という名前の由来、出雲に神様が集まるという伝承と「神在月(かみありづき)」の呼び名、2026年の出雲大社の神在祭の時期、そして留守の間の神棚との向き合い方を、順を追ってご紹介します。最後に、この季節の神棚や床の間に合う秋の花についても少し触れます。なお、神道のしきたりや作法は、地域や神社、それぞれのお家によって異なります。ここに書くのはあくまで広く知られている一例として、ご家庭のやり方を大切にしながら読んでいただければ幸いです。
神無月とは?旧暦の10月と、名前の由来
もともとは旧暦の10月のこと
神無月は、昔の暦で10番目の月を呼ぶ名前です。睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)……と続く「和風月名(わふうげつめい)」のひとつで、本来は旧暦、つまり月の満ち欠けをもとにした暦の10月を指していました。
旧暦は今の暦(新暦)とおよそ1か月前後ずれるため、旧暦10月は、今のカレンダーでいうと10月下旬から12月上旬ごろにあたります。年によって前後し、決まった日付にはなりません。現代では新暦の10月をそのまま神無月と呼ぶことが多いのですが、昔の人が「神無月」と感じていた季節は、実際には晩秋から初冬にかけての、稲刈りがすっかり終わって空気がきりっと冷えはじめるころだったわけです。
この「旧暦の10月」という点は、あとでお話しする出雲大社のお祭りの日取りにも関わってきますので、少しだけ頭の片隅に置いておいてください。
「神が無い月」?それとも「神の月」?
では、神無月という名前がどうして生まれたのかは、実ははっきりとは分かっていません。いくつかの説があり、どれが正しいと決まっているわけではない、というのが実情です。代表的なものをご紹介します。
「無」は「の」を表すという説——神の月
ことばの研究のうえでよく紹介されるのが、「神無月」の「無(な)」は、「〜の」という意味をもつ古い言葉だ、という説です。昔の日本語では「な」が「の」と同じように、言葉と言葉をつなぐ働きをしていました。たとえば「水無月(みなづき)」も、「水の無い月」ではなく「水の月」、つまり田んぼに水を引く月だと説明されることがあります。
この考え方に立つと、神無月は「神の月」。神様をお祭りする月、という意味になります。秋の実りを神様に感謝するお祭りが多い季節であることを思うと、うなずける説です。
「神様が出雲へお出かけになる月」という説
いちばんよく知られているのは、旧暦10月には全国の神様が出雲へ集まるため、ほかの土地では神様がいなくなる——だから「神が無い月」、という説明です。言葉の成り立ちとしては後から生まれた解釈だと考える研究者もいますが、中世のころにはすでに広く語られていたといわれ、今では神無月といえばまずこの話、というほど親しまれています。
そのほかの説
ほかにも、雷が鳴らなくなる季節なので「雷無月(かみなしづき)」が変わったという説、新米でお酒を醸す「醸成月(かみなしづき)」から来たという説などが伝えられています。
ひとことでまとめると
神無月の由来には「神の月」説、「神様が出雲へ行って留守になる月」説などがあり、どれが本当かは定まっていません。ただ、どの説をとっても「神様と深く関わる月」であることは共通しています。
出雲では「神在月」——八百万の神様が集まるという言い伝え

神様が留守になる月なのに、出雲では呼び方が違うんですか?

はい、出雲では神様がいらっしゃる月として「神在月」と呼んできたそうです。

同じ月なのに「無い」と「在る」に分かれるなんて、おもしろいよね。ボクも出雲の会議、のぞいてみたいなあ。
ほかの土地では神様が留守になる月。では、神様が集まる側の出雲(今の島根県東部)ではどう呼ぶのでしょう。出雲では、この月を「神在月(かみありづき)」と呼んできました。神様がいらっしゃる月、という意味です。同じ月が、場所によって「無い」と「在る」に分かれる。なんとも味わいのある呼び方です。
日本には昔から「八百万(やおよろず)の神」という言い方があります。八百万はとてもたくさん、という意味で、山にも川にも、田んぼにも台所にも神様がいらっしゃる、という感覚を表しています。その神様たちが年に一度、出雲大社(いずもおおやしろ)に集まる、というのが神在月の言い伝えです。
神様たちは出雲で何を話し合うの?
出雲に集まった神様たちは、「神議り(かむはかり)」と呼ばれる会議を開くと伝えられています。話し合われるのは、人と人との縁、つまり誰と誰が結ばれるか、どんなご縁がつながるか、といった目に見えない結びつきのことだといわれます。出雲大社が「縁結びの神様」として親しまれている理由のひとつが、この言い伝えです。
ここでいう縁は、恋愛や結婚だけではありません。仕事や友人、住む場所との出会いなど、人の暮らしを形づくるさまざまなつながりが含まれると考えられています。また、翌年の実りやお天気についても相談される、と語られることもあります。神様たちが一堂に会して、来年の世の中のことを相談している——そう想像すると、10月から11月にかけての静かな夜も少し違って見えてきます。
2026年の神在祭はいつ?旧暦に合わせて行われるお祭り
出雲大社では、神様をお迎えし、お見送りするまでの一連のお祭りを、今も旧暦に合わせて行っています。そのため新暦の日付は毎年変わり、「10月」ではなく、たいてい11月ごろになるのが特徴です。
一般には、旧暦10月10日の夜に、出雲大社の西にある稲佐の浜(いなさのはま)で「神迎神事(かみむかえしんじ)」が行われ、海からお越しになる神様をお迎えします。その翌日から神在祭が始まり、神様は境内のお社にお泊まりになりながら神議りをされる、と伝えられています。そして旧暦10月17日ごろ、「神等去出祭(からさでさい)」で神様をお見送りします。
2026年(令和8年)の場合、旧暦10月10日は新暦の11月18日にあたり、この日の夜に神迎神事が行われる見込みです。お見送りの神等去出祭は、11月25日ごろとされています。ただし、細かな時刻や行事の内容、参列の方法は年ごとに案内が出ますので、実際にお出かけになる場合は、必ず出雲大社の公式の案内でご確認ください。
2026年の目安
- 神迎神事:11月18日の夜(旧暦10月10日)
- 神在祭:その翌日から1週間ほど
- 神等去出祭(お見送り):11月25日ごろ
※正式な日程は出雲大社の発表をご確認ください。
神迎神事では、夜の浜にかがり火が焚かれ、海の向こうからお越しになる神様を神職の方々がお迎えします。神様は「龍蛇神(りゅうじゃじん)」と呼ばれる神様に先導されて浜に上がり、「神迎の道(かみむかえのみち)」を通って出雲大社へ向かわれる、と伝えられています。境内には、集まった神様のお宿とされる「十九社(じゅうくしゃ)」というお社が東西に並んでおり、神在祭の間は、ふだん閉じられている扉が開かれるといわれます。
また、出雲地方では古くから、神在祭の期間を「お忌みさん」と呼んできました。神様が大切な会議をされている間は、歌や踊り、大きな物音を控え、静かに慎んで過ごす、という習わしがあったといわれます。神様をお迎えする土地ならではの、こまやかな心づかいが感じられます。
ちなみに、神様が出雲を発たれたあと、すぐにそれぞれの土地へお帰りになるのではなく、出雲の中のほかの神社にも立ち寄られる、という言い伝えもあります。こうしたお祭りは出雲大社だけでなく、出雲地方の複数の神社で受け継がれています。
つまり、新暦の10月にカレンダーで「神無月」を見ている時点では、旧暦の上ではまだ神様は出雲へ向かう前、ということになります。暦のずれを知っておくと、「今、神様はどちらに?」と想像するのも少し楽しくなります。
留守を守る神様がいる——「留守神」という考え方

じゃあ神無月の間は、どこの町も神様がいなくなっちゃうんですか?

地元に残って留守を守るとされる「留守神」という考え方があるんですよ。

どの神様が残るかは地域によってさまざまで、言い伝えがない土地もあります。
では、神様が出雲へお出かけの間、ほかの土地は本当に神様不在になってしまうのでしょうか。ここで登場するのが「留守神(るすがみ)」という考え方です。
留守神とは、出雲へは行かずに地元に残り、留守の間の土地や家を守ってくださるとされる神様のことです。どの神様が留守神になるかは地域によってさまざまですが、よく名前があがるのは次のような神様です。
- 恵比寿様(えびすさま):商売繁盛や大漁の神様として親しまれています。神無月に留守を守るとされ、この時期に「えびす講」というお祭りを行う地域があります。
- 金毘羅様(こんぴらさま):海の安全を守る神様として信仰されてきました。留守神とされる土地があります。
- 竈神(かまどがみ)・荒神(こうじん):台所や火を守る家の神様。昔から家に残って暮らしを見守ると考えられてきました。
- 道祖神(どうそじん)や山の神:土地によっては、村の境や山を守る神様が留守を預かるとされます。
恵比寿様が留守神とされる理由については、「耳が遠くて神様の呼びかけに気づかなかった」といった、どこかほほえましい言い伝えもあります。もちろんこれは数ある話のひとつで、留守神の考え方そのものが地域によって大きく異なり、留守神という言い伝えがない土地もあります。どの神様が残る、と決まっているわけではありません。
大切なのは、昔の人が「神様がまったくいなくなる」とは考えていなかった、ということです。誰かがちゃんと留守を守ってくれている。だから家の中のお祭りも、ふだん通りに続けてきたのです。
留守神様をもてなす「えびす講」
留守神の言い伝えと結びついた行事として知られるのが「えびす講(えびすこう)」です。神様が出雲へお出かけの間、ひとり留守を守る恵比寿様をお祭りし、商売繁盛や家内安全を願うもので、昔は旧暦10月20日ごろに行う土地が多かったといわれます。地域によっては新暦の10月や11月、あるいは1月に行うところもあり、日取りはさまざまです。
東京では、日本橋の宝田恵比寿神社の周辺で、毎年10月19日と20日に「べったら市」が開かれます。もとは、えびす講に使うお供えや道具を売る市だったといわれ、今では甘い麹漬けの大根「べったら漬け」の露店が並ぶ、秋の風物詩になっています。留守神様をにぎやかにもてなす、という昔の人の気持ちが、今もこうした形で残っているのですね。
家庭では、恵比寿様を台所などにお祀りしているお家で、えびす講の日に尾頭付きの魚や季節のものをお供えする習わしが伝わる地域もあります。どれも土地ごとの習わしですので、無理に取り入れる必要はありませんが、知っておくと神無月の過ごし方に少し奥行きが出ます。
留守の間の神棚は?お世話はふだん通りでよいと考えられています

神様がお出かけ中なら、お供えはお休みしてもいいのでしょうか?

ふだん通り続けてよい、と考えるのが一般的です。やり方は家ごとに違いますけどね。

青々とした榊も、いつも通り待ってるよ。お水を替えてもらえるとうれしいな。
ここまでの話をふまえて、いちばん気になる神棚のことです。神無月の間も、神棚のお世話はふだん通りに続けてよい、とする考え方が一般的です。理由はいくつかあります。
- 「無」は「の」を表すという説に立てば、そもそも神無月は「神の月」であり、神様が留守になる月ではありません。
- 留守神の言い伝えでは、出雲へ行かない神様が地元や家を守ってくださるとされています。
- 神棚にはご家庭によって、伊勢神宮のお札や地元の氏神様のお札など、いくつかのお札がお祀りされています。日々の感謝を伝える場であることは、月によって変わりません。
ですから、神無月だからとお供えを片付けたり、手を合わせるのを控えたりする必要はない、と考えてよいでしょう。むしろ、留守を守ってくださる神様へのお礼の気持ちを込めて、いつもより少していねいにお世話をする、という受けとめ方をされる方もいます。
神棚のお供えの基本をおさらい
お供えの内容や置き方は家ごとにさまざまですが、よく知られている基本の形を簡単にまとめておきます。
- お米:洗ったお米、または炊いたご飯をお供えします。
- お塩:小皿に盛ってお供えします。
- お水:水玉(みずたま)と呼ばれる小さな器に、きれいなお水を入れます。
- 榊(さかき):神棚の左右に一対でお供えします。
お米・お塩・お水は毎朝取り替えるのが理想とされますが、毎日が難しい場合は、毎月1日と15日にあわせて新しくするご家庭も多いようです。並べ方は、中央にお米、向かって右にお塩、左にお水、などとされることがありますが、これも神社や地域によって違いがあります。お酒や季節の初物を添えるご家庭もあります。
榊は、葉が青々としているうちは神様をお迎えするしるしとして、葉が傷んできたら取り替えます。1日と15日に替えるのがひとつの目安で、夏は傷みが早く、涼しくなる秋は比較的長くもつようになります。水を毎日替えるだけでも、ずいぶん違ってきます。榊の替えどき・長持ちのコツはこちらで詳しく書いていますので、あわせてご覧ください。
手を合わせるときの作法は?
神棚にお参りするときは、「二拝二拍手一拝(にはいにはくしゅいっぱい)」がよく知られています。深いおじぎを2回、手を2回打ち、最後にもう一度おじぎをする、という流れです。ただし、出雲大社では拍手を4回打つ「二拝四拍手一拝」が作法とされているように、神社によって作法が異なる場合があります。ご家庭の神棚では、お祀りしているお札の神社の作法にならう、あるいは家で受け継がれてきたやり方を大切にする、という考え方でよいでしょう。
時間帯は、朝、お供えを整えたあとに手を合わせるご家庭が多いようです。家族のその日の無事を願い、昨日までの感謝を伝える。神無月であっても、その習慣はそのまま続けてかまいません。
神無月によくある疑問
神無月に神社へお参りしても大丈夫?
大丈夫と考えるのが一般的です。地元の神社でも、秋祭りや七五三など、この時期に大切な行事が多く行われます。留守神の考え方もあり、お参りを控える理由はないとされています。
神無月に神棚を新しく設けたり、お札を替えたりしてもよい?
神無月だから避けなければならない、という決まりは特にないとされています。ただ、お札の受け方やお祀りの時期については神社ごとに考え方がありますので、気になる場合はお札をいただく神社にたずねると安心です。古いお札は、年末年始に神社へお納めするご家庭が多いようです。
旅行や出張で家を空けるときは?
数日留守にする場合は、出かける前にお供えを下げておき、帰ってから新しく整える、というやり方がよく紹介されています。お水やご飯をそのままにしておくと傷んでしまうためです。これも家ごとの判断でかまいません。
神無月の神棚・覚えておきたいこと
- お世話をお休みする必要はないと考えるのが一般的
- お米・お塩・お水・榊は、ふだん通りにお供え
- 毎日が難しければ、1日と15日を目安に
- やり方は地域・神社・家によって異なるので、迷ったら氏神様の神社に相談を
稲刈りのあとの秋祭り——収穫への感謝と神様の月
旧暦の10月は、ちょうど稲刈りを終え、新しいお米が蔵に収まるころです。日本の多くの土地で、この時期に秋祭りが行われてきました。一年の実りを神様に感謝し、来年の豊作を祈るお祭りです。お神輿が出たり、獅子舞が家々を回ったり、地域ごとにさまざまな形で受け継がれています。
国の行事としても、10月には伊勢神宮で、その年に収穫された新しいお米を神様にお供えする「神嘗祭(かんなめさい)」が行われます。毎年10月15日から17日にかけて行われるお祭りで、日本の神様と稲作が深く結びついていることを感じさせます。11月23日の勤労感謝の日も、もとは新米を神様に捧げて感謝する「新嘗祭(にいなめさい)」の日でした。
身近なところでは、地元の氏神様の神社でも、この時期に秋の例大祭(れいたいさい)が行われることがよくあります。例大祭は、その神社にとって一年でいちばん大切なお祭りのことです。境内に露店が並んだり、町内をお神輿が練り歩いたりと、にぎやかな光景を目にされた方も多いでしょう。ご家庭の神棚に氏神様のお札をお祀りしている場合は、お祭りの日に神社へお参りし、日ごろの感謝を伝えるのもよいものです。秋祭りの日取りは神社ごとに異なり、9月に行うところもあれば、11月に行うところもあります。
こうして並べてみると、「神の月」という説にもあらためて納得がいきます。実りの季節に、神様へのお祭りが重なる。神無月は、神様がいなくなる月というより、神様に感謝を伝える月だった、と考えることもできそうです。
ご家庭の神棚でも、新米が手に入ったらひとつまみお供えしてみる、季節の果物をお供えしてから家族でいただく、といった形で、収穫への感謝を表すことができます。お供えしたものは、下げたあとでありがたくいただくのが一般的です。
この季節、神棚や床の間に添えたい秋の花

神棚に榊以外の花をお供えしてもいいんですか?

神棚そのものは家ごとの考え方があるので、まわりの床の間や棚に一輪添える楽しみ方がありますよ。
神棚には榊をお供えするのが基本ですが、床の間や神棚のそばの棚、玄関などに、季節の花を一輪添えるのもこの時期ならではの楽しみです。神棚そのものに何を供えるかは家ごとの考え方がありますので、ここでは「神棚のまわりの空間を秋らしく整える」くらいの気持ちでご紹介します。
菊——秋を代表する、凛とした花
菊は日本の秋を代表する花です。旧暦9月9日の「重陽(ちょうよう)の節句」は菊の節句とも呼ばれ、昔から長寿を願う花として大切にされてきました。小ぶりの小菊やスプレー菊は一枝にたくさんの花がつくので、少しの本数でも華やぎます。日持ちがよいのもうれしいところで、水をこまめに替え、茎の先を少しずつ切り戻すと長く楽しめます。
りんどう——深い青紫が澄んだ秋の空気に合う
りんどうは、秋の野山に咲く青紫の花です。すっと伸びた茎に、筒のような形の花が重なってつく姿は、すっきりとして品があります。お彼岸からこの時期にかけて出回り、和の空間によくなじみます。日が当たると花が開き、暗くなると閉じる性質があるので、明るい場所に飾ると表情の変化も楽しめます。
そのほか、この時期に合う花や枝もの
- ワレモコウ:小さな赤茶色の花穂が、秋の野原の風情を運んでくれます。
- ススキ:一本あるだけで、ぐっと季節感が出ます。
- ツルウメモドキや実ものの枝:赤やオレンジの実が、収穫の季節らしい彩りを添えます。
- 紅葉した枝:ドウダンツツジなど、色づいた枝ものは長く楽しめます。
花を飾る器は、ふだん使いの小さな花瓶や湯のみでもかまいません。花の向きや本数に決まりはありませんので、季節を迎える気持ちで、気負わずに楽しんでみてください。
おわりに——静かに留守を守る月
神無月という名前には、「神の月」とする説、「神様が出雲へ出かけて留守になる月」とする説など、いくつもの解釈があります。出雲では同じ月を神在月と呼び、八百万の神様が集まって人々の縁を結ぶ相談をされると語り継がれてきました。2026年は、11月18日の夜に神様をお迎えする神事が行われる見込みです。
一方で、ほかの土地には留守を守ってくださる神様がいるとされ、家の神棚もふだん通りにお世話を続けるのが一般的な考え方です。お米、お塩、お水、そして青々とした榊。いつものお供えを整えて手を合わせることが、そのまま留守神様へのお礼にもなるのかもしれません。
作法やしきたりは、地域や神社、それぞれのお家によって異なります。迷ったときは、地元の氏神様の神社にたずねてみると、その土地ならではの習わしを教えてもらえることもあります。
稲刈りが終わり、朝晩の空気がひんやりとしてくるこの季節。神様が遠く出雲で縁を結んでいる間、私たちは家で静かに留守を守る。そんなふうに神無月を過ごしてみるのも、すてきなことではないでしょうか。
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