2026年8月16日は日曜日。月遅れのお盆を営むご家庭では、この日が「送り盆」にあたります。地域によっては15日の夕方に送る習わしもありますので、ご自宅の作法を優先していただければと思います。
迎え火で灯した小さな火から数日。にぎやかだった食卓も、お仏壇の前のお供えも、そろそろ片付けの時間が近づいてきます。けれどこの日、日本のあちこちでは、まったく違う表情の「送り」が同時に行われていることを、ご存じでしょうか。
京都の夜空に、山が文字の形に燃え上がる。長崎の街には、耳をつんざく爆竹の音と鉦(かね)の響きが渡っていく。川面には、ゆっくりと灯籠が流れていく。同じ「送る」という行いなのに、こんなにも姿が違うのです。
今回は、日本各地に残る「送りの行事」をたどりながら、火を焚けない住まいが増えた今、私たちの暮らしの中でできるささやかな見送り方を考えてみたいと思います。花屋である桔梗屋が、なぜこの話を書くのか。最後まで読んでいただけると、その理由も伝わるはずです。

お盆の入りより、実は送り盆のほうが問い合わせが多いんですよ。「お供えの花はいつまで飾ればいいですか」って。
送り火とは——迎えた灯りで、送り返す
お盆の行事は、とてもシンプルな構造でできています。「迎えて、もてなして、送る」。この三拍子です。
お盆の入り(月遅れなら8月13日)の夕方に焚くのが迎え火。ご先祖様が迷わず家にたどり着けるように、道しるべの灯りを灯すという意味だと言われています。そして明けの日(8月16日)の夕方に焚くのが送り火。今度は、帰り道を照らすための灯りです。
同じ火なのに、意味が正反対なのが面白いところです。行きの灯りと、帰りの灯り。灯している側の気持ちも、たぶんまったく違うのだろうと思います。
一般的な送り火のやり方
もっともよく知られているのは、玄関先や庭先でおがらを焚く方法です。
- おがら(麻幹)……麻の茎から皮を剥いで、内側を乾燥させたもの。昔から灯明の材料として使われてきました。お盆の時期にはスーパーや花屋、仏具店で束になって売られています
- 焙烙(ほうろく)……素焼きの平らな皿。この上でおがらを焚きます
- 時間帯……夕方から日が暮れる頃が一般的とされています
- 場所……玄関先、門口、庭先など。家の「出入り口」で焚くのが基本の考え方です
焙烙が手に入らない場合は、金属製の灰皿や耐熱皿でも代用できるとされています。おがらの代わりに割り箸を細かく割いて使う、という現実的な工夫を紹介しているお寺や仏具店もあります。
ただし、ここは地域差と宗派差がとても大きい部分です。時間も、焚く場所も、そもそも焚くかどうかも、土地とご家庭によって違います。「うちはこうしてきた」がある方は、どうぞそちらを大切になさってください。この記事はあくまで、一般的とされている形をご紹介するものです。
火を扱うときの、大事な前提
ここは強調させてください。送り火は「火を焚く行事」です。
- マンション・アパートのベランダや共用廊下での火気使用は、多くの場合管理規約で禁止されています。避難経路でもありますので、絶対に避けてください
- 戸建てであっても、自治体によっては屋外での焚き火・火気使用にルールがあります。乾燥時や強風時は特に危険です
- 消火用の水をバケツに用意してから点けること。燃え尽きるまでその場を離れないこと
- 火が完全に消えて、灰が冷めきったことを確認してから片付けること
- 集合住宅にお住まいなら、そもそも火を使わない方法を選ぶのが正解です
ご先祖様を送るための火で、近所に迷惑をかけたり、火事を出したりしては元も子もありません。「火を使わない送り火」については、この記事の後半で具体的にご紹介します。

実家では毎年おがらを焚いていたんですけど、東京のマンションだとできませんよね……。何もしないのは寂しくて。

その気持ちが一番大事なところだと思いますよ。形は変えられます。後半でいくつかご提案しますね。
京都五山の送り火——それは「大文字焼き」ではありません
日本でもっとも有名な送り火といえば、やはり京都でしょう。京都五山送り火は、毎年8月16日の夜、京都盆地を囲む五つの山に順番に火が灯される行事です。2026年も8月16日に行われます。
まず最初に、いちばん誤解されやすいところから。
これを「大文字焼き」と呼ぶのは、京都では一般的ではありません。地元では単に「だいもんじ」、あるいは「五山送り火」「大文字の送り火」と呼ぶのが普通で、「焼き」を付ける言い方を好まない方も多いと言われています。「大文字焼き」という呼称は、関東周辺の一部で使われている表現だという解説もあります。
なぜ気にされるのか。理由はシンプルで、これがお祭りの見世物ではなく、宗教行事だからです。京都新聞の解説でも、五山送り火は「お盆に迎えた精霊をふたたび冥府に返す精霊送りの意味を持つ、あくまで宗教行事」と明記されています。何かを焼いて楽しむイベントではなく、家々の送り火が山の規模にまで大きくなったもの、と考えるとしっくりくるかもしれません。
五つの山と、五つの字形
「五山」というだけあって、灯されるのは五か所。点火は20時ちょうどから、5分間隔で東から西へと移っていきます。
- 大文字(東山・大文字山)……20:00点火。もっとも有名な「大」の字
- 妙法(松ヶ崎・万灯籠山と大黒天山)……20:05点火。「妙」と「法」が二つの山に分かれて灯り、一対で一つの送り火になります
- 船形(西賀茂・明見山)……20:10点火。船の形。「船形万燈籠」とも呼ばれます
- 左大文字(大北山・金閣寺の近く)……20:15点火。もう一つの「大」の字
- 鳥居形(嵯峨・水尾山)……20:20点火。鳥居の形をした松明の送り火
この五つはすべて京都市登録無形民俗文化財です。20分かけて、東から西へ、ひとつずつ火が移っていく。時間差で灯るというところに、私はいつも物語を感じてしまいます。バラバラの五つの火ではなく、送り出す流れがそこにあるように見えるのです。
「妙法」が二つの山に分かれているのも面白いところで、どちらか片方だけでは意味をなしません。二つ揃って「南無妙法蓮華経」の題目を表すと言われています。
起源には、いくつもの説がある
これほど有名な行事なのに、いつ誰が始めたのかは、実ははっきりしていません。「大文字」については、大きく三つの説が語り継がれています。
- 平安時代初期説……弘法大師(空海)が、浄土寺の大火のあと山上に飛翔した光明にちなんで火の儀式を「大」の字形に改めたという伝承
- 室町時代説……1489年、足利義政が実子・義尚の冥福を祈るために家臣に命じて始めたという説
- 江戸時代説……能書家として知られた近衛信尹(このえのぶただ)が字形を定めたという説
「妙法」については、鎌倉時代末期に日蓮宗の僧・日像が「妙」の字を書いたのが始まりで、江戸時代初期に僧・日良が「法」を加えたと伝えられています。
どれが正しいのか、決着はついていません。けれど私は、この「わからなさ」がむしろ本質なのではないかと思うのです。誰か一人が発明した行事なら、記録がきちんと残るはずです。記録がはっきりしないということは、たぶんこれは、誰かが始めたというより、いつのまにか多くの人が続けてきたものなのでしょう。
護摩木に、名前を書く
観光として見ると「山に火が灯る夜景」ですが、当日その山では、まったく別のことが起きています。
点火の前に、護摩木(ごまぎ)と呼ばれる木片に、先祖の霊や、いま生きている人の無事息災を願う言葉が書かれ、火床に納められます。大文字の送り火には、護摩木に自分の名前と病名を書いて焚くと、その病が癒えるという信仰も古くから伝えられてきました。
つまり、あの山の火は「絵」ではないのです。何千という個人の祈りが束になって燃えている。そう思って見ると、同じ火がまったく違って見えてくるはずです。

火の中に、名前が入ってるんだ……。それ、けっこうすごいことじゃない?
長崎の精霊流し——爆竹の音で、賑やかに送る
京都の送り火が「静」なら、こちらは圧倒的に「動」です。
長崎の精霊流し(しょうろうながし)は、毎年8月15日の夕刻に行われます。送り盆の16日ではなく15日、という点にご注意ください。長崎県各地のほか、熊本県の一部や佐賀市でも行われている行事です。
精霊船を曳いて、街を歩く
その年に初盆を迎えたご遺族が、精霊船(しょうろうぶね)と呼ばれる船を手作りし、故人の霊を乗せて「流し場」と呼ばれる終着点まで曳いていきます。
- 材料は主に竹、板、藁など。大きさはさまざまで、家族総出で作ります
- 長く突き出した船首(みよし)には、家紋や家名、町名が大きく記されます
- 盆提灯や造花で華やかに飾りつけられます
- 故人の人生や趣味を映したものも多く、ゴルフ好きの方のためにゴルフコースをかたどった船、好きだったアニメのキャラクターをあしらった船なども見られるそうです
- 初盆でない場合は船を作らず、藁を束ねた小さな菰(こも)に花や果物などのお供えを包んで流し場へ持っていくとされています
「故人の趣味を船にする」。私はこの話を知ったとき、少し驚きました。悲しみの行事のはずなのに、そこに「あの人はこういう人だった」という笑いや誇りが混じっている。送るというのは、こういうことでもあるのだと教わった気がします。
なぜ爆竹を鳴らすのか
精霊流しといえば、なんといっても爆竹です。当日の街は、耳をつんざくほどの破裂音に包まれます。「チャンコンチャンコン」という鉦の音、「ドーイドーイ」の掛け声、そして絶え間ない爆竹の音。行列は夜遅くまで続きます。
この爆竹の意味には、魔除け・悪霊祓いだという説明が広く伝えられています。中国由来の風習であるなら魔除けの意味であり、精霊船が通る道を清めるためだ、とも言われています。にぎやかに送り出すことで、故人が迷わず旅立てるように——そういう気持ちが込められている、という解説もあります。
ちなみに、精霊流しと灯籠流しは名前が似ているためよく混同されますが、まったく別の行事です。灯籠流しがしみじみと静かなのに対して、精霊流しは喧騒の中で行われる、非常に賑やかな行事です。「静かに手を合わせる」というイメージで見に行くと、たぶん驚かれると思います。
なお、実際に見学される場合は、爆竹の音がかなり大きいため耳栓を用意する方も多いようです。小さなお子さんやペットには負担になることもあります。地域ごとの見学ルールや交通規制もありますので、事前に長崎市や観光協会の公式情報を確認なさってください。
灯籠流し——水に託して、送る
三つめは、水を使った送り方です。
灯籠流しは、死者の魂を弔って灯籠を海や川に流す行事です。一説では中国が発祥とされ、アジア各国に似た風習があると言われています。中国の華南地方には「放活燈」、東南アジアには「放水燈」と呼ばれる習わしがあるそうです。
日本ではお盆の送り火として、夏祭りや花火大会と合同で開催されることも多い行事です。ただし地方によってお盆の時期の解釈が違うため、全国一斉に行われるものではありません。よく知られているのは、福島市の阿武隈川、京都・桂川の嵐山灯籠流し、広島の平和記念式典に合わせたとうろう流しなどです。
火は上へのぼり、水は下へ流れる。同じ「送る」でも、方向がまったく逆なのが興味深いところです。山の送り火が「空へ帰す」形なら、灯籠流しは「水に乗せて見えなくなるまで見送る」形。どちらも、こちら側からあちら側へ渡していく所作という点では同じなのだと思います。
環境への配慮で、形が変わってきた
ここは、現代を生きる私たちにとって大事な話です。
1970年代から、海や川の汚染が社会問題として取り上げられるようになりました。その流れの中で、灯籠流しを中止した地域が全国にあります。琵琶湖では1972年、静岡市の巴川では1973年に中止された記録が残っています。自治体によっては「禁止」となったところもありました。
その後、行事そのものを絶やさないための工夫が重ねられてきました。現在、多くの開催地で取られている対策としては、次のようなものが挙げられます。
- 下流での回収……流した灯籠を下流に張ったネットや船で回収する。河川を管理する国や自治体が、河川法にもとづき「回収を条件に」許可を出すケースが多くなっていると言われています
- 数量の制限……流す灯籠の数に上限を設ける
- 環境配慮素材の使用……水に溶けるタイプの灯籠なども登場しています。ただし紙の成分や糊は水に流れ出るため、溶けるタイプであっても回収を求める自治体・河川管理事務所が多いようです
「昔ながらのまま」ではなくなった、と言うこともできます。でも私は、これはとても健全な変化だと思っています。祈りの形を守るために、やり方のほうを変えた。行事を止めるのでもなく、環境に目をつぶるのでもなく、両方を成り立たせる方法を探した結果が「回収する灯籠流し」なのです。
ちなみに、個人が思いつきで川に灯籠を流すのは、多くの場所で認められていません。灯籠流しに参加したい方は、必ず地域で正式に開催されている行事に参加なさってください。

下流で回収してるって、知りませんでした。流しっぱなしだと思ってました……。

誰かが回収してくれてるから続けられてる、ってことだよね。行事って、そういう裏方に支えられてるものが多いんだ。
静かに送る土地、賑やかに送る土地——共通しているもの
ここまで三つの送り方を見てきました。あらためて並べてみると、驚くほど表情が違います。
- 京都五山の送り火……山に灯る火を、街じゅうが黙って見上げる。静けさの行事
- 長崎の精霊流し……爆竹、鉦、掛け声。喧騒の中を船が進む。賑わいの行事
- 灯籠流し……水面をゆっくり流れていく灯りを、見えなくなるまで目で追う
- 家庭の送り火……玄関先の小さな火。家族だけの、ごく私的な時間
これだけ形が違うのに、どれも「送り盆」です。日本の作法というのは、思っているよりずっと多様なのですね。
悲しみだけが、見送り方ではない
私がこの記事でいちばん伝えたかったのは、ここです。
私たちはどうしても、「故人を送る=しめやかに、悲しく」というイメージを持ちがちです。声を上げてはいけない、笑ってはいけない、そんな気がしてしまう。
でも長崎の精霊流しは、爆竹を鳴らして、掛け声を上げて、故人の好きだったものを船にかたどって、大騒ぎで送り出します。しかもそれが、いい加減な送り方だからそうなのではありません。むしろ、家族が総出で何日もかけて船を作る、たいへん手のかかる送り方です。
つまり、深く想っているからこそ賑やかに送る、という文化がこの国にはあるのです。
静かに送るのも「またね」。賑やかに送るのも「またね」。手の込んだ大きな行事も、玄関先の小さな火も、届けたいことは同じです。「行ってらっしゃい、また来年」。
ですから、もしあなたが大切な方を思い出しながら、ふっと笑ってしまったとしても——それは不謹慎なんかではありません。むしろ、いちばん豊かな見送り方なのだと思います。
ご先祖様を思い出すことそのものが供養になる、という考え方については、送り盆とお中元——お墓に戻るご先祖様へお花をでも書いています。あわせてお読みいただけたら嬉しいです。
家庭でできる、ささやかな送り方
さて、現実の話をしましょう。
都市部の集合住宅にお住まいの方にとって、玄関先でおがらを焚くのは、もう現実的ではありません。ベランダでの火気使用は規約違反ですし、共用廊下は避難経路です。かといって、何もしないまま16日が過ぎていくのは、なんだか寂しい。
そこで、火を使わずにできる送り方をいくつかご紹介します。どれも仏具店やお寺で代替案として案内されている方法で、特別なものではありません。
1. 電気式のろうそく・LEDの灯り
もっとも手軽で、もっとも現実的な方法です。電気式のろうそくや、LEDの盆提灯で代用しても差し支えないとされています。
ポイントは、ただ点けるのではなく、「送る時間」として点けることだと思います。夕方、部屋の照明を少し落として、灯りだけを点ける。数分でいいので、その前に座る。それだけで、ちゃんと送り火になります。
2. 盆提灯を灯す
盆提灯そのものが、ご先祖様への目印であり、灯りによる供養です。近年は電気コード式・電池式のものが主流ですから、火の心配なく灯せます。
13日から灯していた提灯を、16日の夕方に最後にもう一度灯して、それから消す。この「最後に灯して、消す」という一手間が、送りの所作になります。
3. 玄関に、一輪
花屋らしい提案をひとつ。送り盆の日、玄関に花を一輪だけ飾るという方法です。
送り火は本来、家の出入り口で焚くものです。ですから、火が焚けないなら、その場所に花を置く。玄関は、来ていただいた場所であり、帰っていただく場所です。そこに一輪あるだけで、空間の意味が変わります。
大げさなアレンジメントである必要はまったくありません。桔梗でも、りんどうでも、白い菊でも、季節の枝ものでも。ご家族が「あの人が好きだった花」を選べるなら、それがいちばんです。
4. お供えの水とお線香を、最後にもう一度
特別な道具は何も要りません。お仏壇やお盆棚のお水を新しくして、お線香を一本あげる。それだけでも、区切りは十分につきます。
お線香の煙も、広い意味では「送りの灯り」の仲間だと私は思っています。上へのぼっていくものですから。
5. 家族で、その人の話をする
道具がいらない方法をもうひとつ。16日の夕食のときに、故人の話をする。それだけです。
「おばあちゃん、この煮物、もっと甘くしてたよね」くらいの、何気ない話でいいのです。長崎の精霊船が故人の趣味をかたどるように、その人らしさを思い出す時間そのものが、送りになります。お子さんがいるご家庭なら、これが何よりの継承にもなるはずです。

火がなくてもいいんだ。灯りと、花と、思い出す時間。ぜんぶ「送る」なんだね。
お盆の花は、どう片付ければいいか
送り盆が終わると、必ず出てくるのがこの質問です。「お供えしていた花は、いつ、どう片付ければいいですか」。
結論から言えば、送り火の翌日以降、無理に急がず、花が悪くなる前にというのが基本の考え方です。16日の夜のうちに慌てて下げる必要はありませんし、逆に、傷んだ花をそのままにしておくのは避けたいところです。
片付けの具体的な手順や、まだきれいな花をどう扱うかについては、お盆のお花を「美しく見送る」作法で詳しく書いていますので、そちらをご覧ください。この記事では繰り返しません。
また、そもそもお盆にどんな花を供えるのか、初盆の場合はどうするのか、といった基本についてはお盆と花屋——供花・お供え・初盆までにまとめてあります。来年のお盆の準備にも、きっとお役に立つはずです。
花屋から見た「送る」ということ
最後に、花屋の立場から思うことを書かせてください。
切り花という商品は、少し不思議な存在です。買った瞬間から、終わりに向かって進んでいきます。どれだけ丁寧に世話をしても、いつか必ず萎れます。そこは、変えられません。
ではなぜ、人は花を買うのでしょうか。
私は、花が「終わりのあるものを、最後まで美しく扱う練習」だからではないかと思うことがあります。水を替える。切り戻す。傷んだ葉を落とす。そうやって手をかけて、それでも訪れる終わりを受け入れて、「ありがとう」と言って手放す。
これは、送り盆でしていることと、まったく同じ構造をしています。
迎えて、もてなして、送る。惜しみながら、それでもきちんと送り出す。京都の山の火も、長崎の精霊船も、川を流れる灯籠も、玄関先の小さなおがらの火も、そして花瓶の一輪も、していることの本質は変わらないのだと思います。
そして、どの送り方にも共通しているのは、「また会える」という前提です。お盆は毎年来ます。花もまた咲きます。だから送り火は「さようなら」ではなく「またね」の灯りなのです。

花を最後まできれいに使い切ってくださるお客様は、送り方が上手な方が多い気がします。不思議なものでね。
まとめ——2026年8月16日、あなたの送り方で
今回お話ししてきたことを、あらためて整理します。
- 2026年の月遅れお盆の送り盆は8月16日(日)。15日夕に送る地域もあります
- 送り火は、迎え火で迎えたご先祖様の帰り道を照らす灯り。玄関先で焙烙におがらを焚くのが一般的な形とされています
- 京都五山送り火は8月16日。大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形の五つが20時から5分間隔で灯ります。「大文字焼き」という呼び方は京都では一般的ではなく、これは観光イベントではなく宗教行事です
- 長崎の精霊流しは8月15日。初盆の家が手作りの精霊船を曳き、爆竹と鉦の音で賑やかに送ります
- 灯籠流しは水に託して送る行事。環境への配慮から、現在は下流での回収や数量制限が一般的になっています
- 静かに送る土地も、賑やかに送る土地もある。悲しみだけが見送り方ではありません
- 火を焚けない住まいなら、電気式の灯り・盆提灯・玄関の一輪・お線香・思い出話で十分に送れます
- 火を扱う場合は、集合住宅の規約と自治体のルール、そして消火の準備を必ず確認してください
行事の由来は諸説あり、地域と宗派によって作法も異なります。この記事でご紹介したのは「一般的にこう言われている」という形であって、正解を示すものではありません。ご家庭に受け継がれてきたやり方があるなら、それが何よりのやり方です。
大切なのは、たぶん規模でも道具でもなく、「送る時間を、意識してつくること」なのだと思います。5分でもいい。灯りを点けて、花を見て、その人のことを思い出す。それだけで、8月16日はただの日曜日ではなくなります。
桔梗屋にできること
東京・神楽坂の桔梗屋では、送り盆にお供えする花、玄関に飾る一輪、そして年間を通じてのお供え花のご相談を承っています。
- 送り盆・初盆のお供え花のご相談
- 玄関やお仏壇まわりに合う、控えめなサイズのご提案
- 故人が好きだった花でのアレンジメント
- 「何を選べばいいかわからない」という段階からのご相談
「宗派の作法がわからない」「実家と違うやり方でいいのか不安」——そういうご相談も遠慮なくお持ちください。私たちは正解を押しつけることはしません。ご家庭のやり方をうかがったうえで、その形に合う花をご一緒に選びます。
今年の送り盆が、静かでも賑やかでも、あなたらしい「またね」になりますように。

一輪だけ、というご注文も大歓迎です。玄関に置く花なら、それくらいがちょうどいいこともありますから。
KIKYOYA FLOWERS
東京・神楽坂の花屋 桔梗屋
季節のお花、観葉植物、贈りもののご相談を承っています。
ご自宅用の一輪から、お祝い・お供えのお花まで、どうぞお気軽に。

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