六月のはじめ、暦は芒種(ぼうしゅ)という節気に入ります。読み方を知らないと、まず読めない。書けと言われたら、たぶん手が止まる。二十四節気のなかでも、いちばん「見慣れない字」を持った季節かもしれません。
けれどこの「芒」という一文字を調べはじめると、そこには稲や麦の穂先で光っている、細い細い毛が立ち上がってきます。田んぼの水面、麦畑の風、そのすべてが一文字に畳み込まれている。昔の人は、季節の名前をずいぶん解像度の高いところから取っていたんだな、と思います。
この記事では、芒種という節気を「字」からほどいていきます。七十二候の三つの候、蛍にまつわる不思議な言い伝え、梅の実と梅雨の語源、そして——梅雨入り前のこの時期に、私たちが鉢植えや切り花にしてあげられること。花屋の店先から見た芒種を、ゆっくりお話しさせてください。

芒種……お恥ずかしいけど、読み方も意味もまったく知りませんでした。「ぼうしゅ」って読むんですね。

私も花屋を始めるまでは縁のない言葉でした。でも「芒(のぎ)」が何かを知ると、急に景色が変わるんですよ。穂の先にある、あの針みたいなやつのことなんです。
「芒(のぎ)」——穂先の、細い毛のこと
芒とは何か
芒(のぎ)とは、イネ科植物の穂につく、針のように細く尖った突起のことです。稲、麦、エノコログサ(ねこじゃらし)——穂を近くで見たことがある方なら、あの、先端からツンツンと伸びている毛のような部分だと言えば、すぐに思い浮かぶはずです。
植物学的には、小穂を包む穎(えい)という鱗片の先が、細長く伸びたものです。ただの飾りではありません。芒には、種子が動物の毛にひっかかって運ばれるのを助けたり、湿度の変化で伸び縮みして種子を地面に潜り込ませたり、鳥に食べられにくくしたりと、いくつもの役割があるとされています。あんなに細いのに、ちゃんと仕事をしている。
麦の穂を思い浮かべてください。あの、逆光で見ると穂全体がぼうっと金色に光って見えるのは、この芒が一本一本、光を拾っているからです。芒があるかないかで、穂の表情はまるで違います。
「芒」と「禾(のぎへん)」
ここで面白いのが、漢字です。「のぎ」と読む字には、草かんむりの芒のほかに、禾という字があります。「禾」は、部首としてはのぎへんと呼ばれます。
「禾」は象形文字で、穂が実って茎の先が垂れかかっている姿をかたどったものだと言われています。つまり、稲そのものの形。この字を部首に持つ漢字を並べてみると、その世界がよくわかります。
- 秋……禾+火。穀物が実り、色づく季節
- 種……禾+重。実った穀物のたね
- 穂……禾+恵。稲の穂そのもの
- 稲・穀・稔・秒・科……いずれも穀物や、その計量にまつわる字
「秒」まで、のぎへんなんです。もともとは芒の長さを表す、ごく小さな単位だったものが、やがて時間のいちばん細かい単位の名前になった——と言われています。細い毛一本が、時計の針の名前になった。漢字はときどき、こういう飛躍をします。
そして「芒」のほう。こちらは草かんむりに「亡」で、「細く先が消えていくもの」というニュアンスを持つとされます。ススキを「芒」と書くのも同じ字です。ススキの穂の、あの先へ行くほど頼りなくほどけていく感じ。字が、そのまま形をしています。

「芒」も「禾」も、どっちも「のぎ」って読むんだね。ぼくたち植物からすると、人間が穂の先っぽの毛だけに専用の名前をつけてくれてたのが、ちょっと嬉しい。
穂先の毛が、季節の名前になった
私がこの節気をいちばん好きなのは、ここです。「芒のある穀物の種をまく頃」——それが芒種の意味。つまり季節の名前が、穂先の細い毛から取られている。
「初夏」でも「梅雨前」でもなく、あえて「芒」。それは当時の人にとって、稲や麦が暮らしのすべてだったからでしょう。空の様子でも気温でもなく、作物のどの部分が今どうなっているかで季節を呼ぶ。暦が、生活そのものの言葉でできていた証拠のように思えます。
芒種とは——二十四節気の九番目
小満の次、夏至の前
二十四節気は、一年を太陽の動きで二十四等分した暦です。立春から数えて九番目にあたるのが芒種。太陽黄経が75度に達した日から始まり、次の節気である夏至の前日までの、およそ十五日間を指します。
- 八番目:小満(しょうまん)……五月二十一日頃。あらゆる命が満ちてくる頃
- 九番目:芒種(ぼうしゅ)……六月六日頃。芒のある穀物の種をまく頃
- 十番目:夏至(げし)……六月二十一日頃。一年でいちばん昼が長い日
日付は年によって一日ほど前後します。2026年(令和8年)の芒種は6月6日(土)で、期間としては6月6日から6月20日まで。翌6月21日が夏至にあたります。毎年おおむね6月5日〜6月7日のいずれかが芒種の入りだと覚えておけば、まず外しません。
位置づけとしては、「満ちる」と「極まる」のあいだ。小満で草木が茂りきり、夏至で太陽が頂点に立つ。その途中にある、いちばん働き者の節気が芒種です。
実際には「田植え」の頃
ただし、正直に書いておきたいことがあります。現代の日本で、芒種の頃に稲の種をまいている地域はほとんどありません。
二十四節気はもともと古代中国の黄河流域の気候をもとに作られたもので、日本の実際の農作業とは少しずれがあります。加えて、育苗技術が変わったこともあり、今の日本では稲の種まき(播種)は四月頃、田植えは五月から六月にかけて行われるのが一般的です。
ですから芒種は、実感としては「田植えの頃」「麦刈りの頃」と捉えるほうが近いでしょう。麦は秋にまいて初夏に刈る。稲は春に苗を育てて初夏に植える。つまりこの時期の田畑では、収穫と種まきが同時に起きている。ひとつの季節のなかで、終わりと始まりが重なっているのが芒種です。

麦を刈った田んぼに、そのまま水を張って稲を植える。「二毛作」という言葉を学校で習いましたけど、それがまさに今頃の景色なんですよね。忙しいはずです。
芒種の七十二候——三つの小さな季節
二十四節気は、それぞれさらに三つに分けられます。初候・次候・末候。合わせて七十二。七十二候(しちじゅうにこう)と呼ばれるこの区分は、五日ごとに移り変わる、とても細かい季節のスケッチです。
芒種の三候は、その中でもとくに詩的だと言われます。カマキリ、蛍、そして梅。順番に見ていきましょう。
初候:螳螂生(かまきりしょうず)
読み:かまきりしょうず/時期:六月五日〜九日頃(第二十五候)
「螳螂」はカマキリのこと。カマキリが生まれる頃、という意味です。
カマキリの母親は、秋に泡状の卵鞘(らんしょう)——スポンジのような、あのベージュ色の塊——を枝や壁に産みつけて死んでいきます。卵はそのまま冬を越し、初夏になってようやく孵化します。ひとつの卵鞘から出てくる幼虫はおよそ二百匹とも言われ、そこから細い糸をつたって、小さな小さなカマキリがぞろぞろと降りてくる。
生まれたてのカマキリは体長一センチにも満たず、アリに食べられてしまうほど弱い存在です。二百匹のうち、成虫になれるのはほんの数匹とも言われています。あの堂々とした鎌を構える姿になるまでには、いくつもの脱皮と、途方もない偶然が必要なんです。
日本では古くから、カマキリは前脚を揃えた姿から「拝み虫(おがみむし)」とも呼ばれてきました。英語でも praying mantis(祈るカマキリ)。洋の東西を問わず、人はあの姿に同じものを見たようです。

カマキリはね、庭にとってはすごく頼りになる子なんだよ。アブラムシもチョウの幼虫も食べてくれる。見つけても、そっとしておいてあげてね。
次候:腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)
読み:くされたるくさほたるとなる/時期:六月十日〜十五日頃(第二十六候)
直訳すれば、「腐った草が、蛍になる」。七十二候のなかでも、とりわけ有名な一句です。
ちなみにこの候は日本独自のものです。中国の宣明暦では、この位置は「鵙始鳴(もずはじめてなく)」——モズが鳴き始める頃——でした。江戸時代の暦学者が日本の風土に合わせて改めた際に、蛍の句に置き換えられたと言われています。日本人はよほど、この季節の蛍を大事にしたかったのでしょう。
この一句については、少しあとの章でじっくりお話しします。芒種を語るうえで、どうしても飛ばしたくない八文字なので。
末候:梅子黄(うめのみきばむ)
読み:うめのみきばむ/時期:六月十六日〜二十日頃(第二十七候)
梅の実が黄ばんで熟す頃、という意味です。「きばむ」という、少し古い動詞の柔らかさがいい。「黄色くなる」ではなく「黄ばむ」。青から黄へ、ゆっくり移ろっていく途中を言い当てています。
この候も、中国では「反舌無声(はんぜつこえなし)」——よく囀っていた鳥が鳴きやむ頃——でした。それを日本では梅の実に差し替えた。鳥の声より、庭の梅の色。ここにも日本の暦の作り替え方が表れています。

カマキリ、蛍、梅。虫・虫・果実って並びなんですね。芒種って、名前は穀物なのに、候になると急に生き物の話になるのが面白いです。
腐草為蛍——昔の人は、何を見てそう思ったのか
実際の蛍は、水辺で育つ
まず事実から。蛍は、腐った草からは生まれません。
日本を代表するゲンジボタルの一生は、こんなふうに進みます。
- 夏、水辺の苔などに産卵される
- 孵化した幼虫は水の中へ入り、カワニナという巻貝を食べて育つ
- 冬は川底でじっとして越冬する
- 春(四月下旬頃)、雨の夜にいっせいに川岸へ上陸する
- 土に潜って「土まゆ」を作り、蛹(さなぎ)になる
- 六月頃、羽化して地上に現れ、光りながら飛ぶ
つまり、幼虫時代のほとんどを水中で過ごす昆虫です。しかも上陸から羽化までは土の中。人の目に触れないまま、地面の下でひっそりと形を変えていきます。
では、なぜ「腐った草」だったのか
ここからは想像です。でも、想像する価値のある想像だと思います。
江戸時代以前の人は、当然ながら顕微鏡も持っていなければ、蛍の幼虫が水中でカワニナを食べているところも見ていません。彼らが見ていたのは、こういう景色だったはずです。
- 梅雨の頃、川べりや湿った草むらは、刈られた草や落ち葉が雨で腐りかけている
- その、まさに腐った草の陰・地面のあたりから、蛍がふわりと立ちのぼるように出てくる
- 蛍は明るい昼間には見えず、暗くなってから、地面の低いところで光り出す
- 前の日まで何もいなかった草むらに、ある夜から急に光が湧く
地面の下の変態は誰も見ていない。見えるのは、「腐った草」と「そこから湧く光」という二つだけ。この二つを因果でつなぐなら、「腐草、蛍と為る」という結論はむしろ自然です。
私はこの句を、非科学的な迷信としてではなく、観察の記録として読みたいと思っています。彼らは正しい答えには辿り着かなかったけれど、見たものを正確に書いた。「腐りかけた草のあたりから、六月の夜に光が生まれる」——この記述自体は、まったく間違っていないんです。
そしてもうひとつ。「朽ちたものが、光になる」という言い切りの美しさ。生と死をひとつながりに見ようとする感覚が、この八文字には確かにあります。科学的には誤りでも、世界の見方としてはどうでしょう。私は、捨てがたいと思っています。

蛍を見に行かれるなら、風のない、蒸し暑い、月明かりのない夜がいいと言われます。雨上がりの晩がいちばん、とも。ちょうど腐草為蛍の頃と重なりますね。

蛍が育つには、きれいな水と、カワニナが棲める川底と、上陸する土の岸が全部そろってないとだめなんだ。蛍がいる場所は、それだけで「よくできた自然」ってことなんだよ。
梅子黄と、梅仕事の季節
青梅から、黄熟梅へ
梅の実は、六月のはじめ頃には固く青々としています。それが日を追うごとに緑からうすい黄色へ、やがて頬のように赤みを差した完熟梅へと変わっていく。梅子黄は、まさにその移ろいのまんなかを指した言葉です。
この色の変化は、そのまま使い道の違いになります。一般に、こんなふうに使い分けられます。
- 青梅(六月上旬〜中旬)……固く締まっている。梅酒、カリカリ梅、青梅シロップ向き
- 黄熟しはじめ(六月中旬)……香りが立ってくる。用途の幅が広い
- 完熟梅(六月下旬〜七月)……柔らかく、香りが濃い。梅干し向き
梅の実を買ってきて台所に置いておくと、部屋じゅうがあの甘酸っぱい香りになります。あれは、実が熟していくときに出る香気成分で、いわば梅が「もう漬けていいですよ」と教えてくれているようなものです。梅仕事という言葉が生きているのは、この時期だけ。
なお、生の青梅の種子や未熟な果肉にはアミグダリンという成分が含まれ、そのまま大量に食べるのは避けるべきだとされています。梅酒や梅干しに漬ける、あるいは加熱するといった加工を経て、私たちは梅を安全においしくいただいてきました。昔からの手順には、たいてい理由があります。
「梅雨」に、なぜ梅の字が入るのか
梅の実が熟すこの時期と、長雨の季節はぴったり重なります。だから「梅の雨」——というのが、いちばん有名な説です。
ただ、語源には諸説あります。よく挙げられるものを並べてみます。
- 梅の実が熟す頃の雨だから「梅雨」という説
- 湿気でカビが生えやすいことから「黴雨(ばいう)」と呼ばれ、同じ「バイ」の音を持つ縁起のよい「梅」の字を当てたという説
- 梅の実が熟して潰れる「潰ゆ(つゆ)」から「つゆ」になったという説
- この時期、草木の葉に露(つゆ)がびっしりつくことからという説
- 毎日のように降るから「梅」の字を当てた、という説
どれか一つが正解、というより、いくつもの連想が重なって今の言葉になった——と考えるほうが実際に近いのだろうと思います。いずれにせよ、雨の季節の名前に、木の実の名前が入っている。それ自体がずいぶん豊かなことです。
入梅(にゅうばい)——暦の上の梅雨入り
芒種と並んで、この時期に出てくるのが入梅です。天気予報で聞く「梅雨入り」とは別のもので、こちらは雑節(ざっせつ)——二十四節気を補うために日本で独自に整えられた、実用本位の暦日です。
現在は、太陽黄経が80度に達する日、立春からおよそ127日目とされ、毎年6月11日頃にあたります。2026年(令和8年)の入梅は6月11日(木)です。
古い定義では、「芒種の後の最初の壬(みずのえ)の日」とされていました。壬は陰陽五行でいう「水の兄」、大きな水の流れを表す干支です。芒種を起点にして、最初に水の気が巡ってくる日を梅雨の入りとする——理屈のつけ方が、いかにも暦らしくて私は好きです。
気象庁が発表する「梅雨入り」は、その年の実際の空模様を見て決められるものですから、暦の入梅とは当然ずれます。ずれてかまわない。暦の入梅は「そろそろ備えなさい」という合図であって、予報ではないのですから。

暦の上の梅雨入りと、天気予報の梅雨入りって別物だったんですね。ずっと同じものだと思っていました。

はい、別物です。でも農家さんにとっては、実際の梅雨入りを待ってから準備したのでは遅い。だから暦のほうで「この日までに」と決めておいた。備えのための日付なんです。
こうした暦日と植物との付き合い方は、吉日・暦カレンダーと植物まとめのほうでも一覧にしています。一年の節目をまとめて見たい方は、あわせてどうぞ。
梅雨入り前に、植物にしてあげたいこと
さて、ここからは花屋としての本題です。芒種から入梅までのおよそ一週間は、鉢植えにとって一年でいちばん重要な「準備期間」だと私は思っています。
理由ははっきりしています。梅雨に入ってしまうと、多くの作業がやりにくくなるからです。切った断面は乾かないし、土は乾かないし、薬剤も雨で流れる。梅雨対策は、梅雨に入ってからでは半分しか効きません。
1. 蒸れ対策——風の道をつくる
梅雨に植物を弱らせる最大の犯人は、雨そのものではなく「蒸れ」です。高温・高湿・無風。この三つが揃うと、葉が蒸れて傷み、そこに灰色かび病やうどんこ病といった病気が入り込みます。根元では、乾かない土が根を傷めます。
やることはシンプルで、「風が通る隙間を作ってあげる」。それだけです。
- 混み合った葉を間引く……株の内側、下のほうの葉から。全体の二〜三割を目安に
- 枯れ葉・落ち葉を取り除く……鉢土の上に溜まった枯葉は病気の温床になります
- 鉢と鉢の間隔をあける……葉と葉が触れ合っている状態は避ける。こぶし一つ分でも違います
- 鉢を地面に直置きしない……レンガや鉢台で少し浮かせるだけで、底の通気と水はけが変わります
- 雑草を抜いておく……根元の風通しと、害虫の隠れ場所を減らす目的で
2. 切り戻し——伸びすぎた枝を整える
春から初夏にかけて、多くの植物はぐんぐん伸びます。その伸びた姿のまま梅雨に入ると、重くなった枝が雨を受けて倒れ、株の内側が蒸れます。梅雨入り前の切り戻しは、その予防です。
一般的な目安として、こんな考え方をします。
- 草花(ペチュニア、サフィニア、マリーゴールドなど)……全体の三分の一から半分ほどに刈り込むと、梅雨明けにこんもり復活しやすい
- アジサイ……切り戻しは花後に。多くの品種は夏に翌年の花芽をつけるため、七月中には済ませるのが安全とされます
- ハーブ類(バジル、ミント、ローズマリーなど)……梅雨前にしっかり収穫を兼ねて刈り込む。蒸れに弱いものが多いので、思い切ってよい
- 庭木……強剪定は避け、内側に向かって伸びている枝(内向枝)や交差枝を抜く程度に
切るときは、晴れた日の午前中に。切り口が乾く時間を作ってあげるためです。雨の直前に切ると、断面から病原菌が入りやすくなります。ハサミは使う前にアルコールで拭く。これだけで病気の伝染はずいぶん減ります。

「切ってしまうのがかわいそう」とよく言われるんですが、梅雨は逆なんです。切らずに蒸れさせてしまうほうが、株にとってはずっと辛い。夏を越えてもらうための、下ごしらえだと思ってください。
3. 置き場所——長雨に当て続けない
雨は植物にとってごちそうですが、何日も当たり続けるのは別の話です。とくに次のような鉢は、軒下や屋根のある場所へ避難させてあげてください。
- 多肉植物・サボテン……長雨は致命的。完全に雨の当たらない、風通しのよい場所へ
- ラベンダー、ローズマリーなど地中海性のハーブ……乾燥地の出身。過湿と蒸れがいちばんの苦手
- 鉢底から水が抜けにくい鉢……受け皿に水が溜まりっぱなしは根腐れの直行便です
- 花が終わりかけの草花……傷んだ花弁に雨が当たると腐り、そこから灰色かび病が広がります
逆に、アジサイ、シダ類、コケ、アイビーなどは湿度を喜ぶ仲間です。梅雨は彼らの独壇場。同じベランダでも、雨を避ける組と、雨に出す組を分けてあげるといいでしょう。
4. 水やりと肥料——「あげない勇気」
梅雨時の水やりで最も多い失敗は、あげすぎです。
湿度が高いと土の表面は乾いて見えても、鉢の中はまだ湿っていることがよくあります。表面の色だけで判断せず、指を第一関節まで挿してみる、あるいは鉢を持ち上げて重さを見る。この二つの癖をつけると、梅雨の根腐れはぐっと減ります。
肥料も同じです。日照が減ると植物の活動は落ちますから、生育が鈍っているときに肥料を与えると、吸収されずに土に残り、かえって根を傷めます。梅雨のあいだは施肥を控えめに、というのが一般的な考え方です。
- 土の表面ではなく、中の湿り気で判断する
- 受け皿の水は必ず捨てる
- 水やりは午前中に。夜に濡らすと蒸れやすい
- 肥料は控える。与えるなら薄めた液肥を少量

梅雨のぼくたちはね、思ってるほどお水を飲んでないんだ。「かわいそうだから」であげられる水が、いちばんつらいこともあるんだよ。
5. 病害虫——早期発見がすべて
梅雨は病害虫にとっての繁殖期でもあります。とくに気をつけたいのは次のあたり。
- うどんこ病……葉が白い粉をかぶったようになる。風通しの悪い株に出やすい
- 灰色かび病(ボトリチス)……傷んだ花や葉に灰色のカビ。濡れたまま放置された花弁から広がります
- 黒星病……バラの葉に黒い斑点。雨の跳ね返りで泥とともに感染するとされます
- ナメクジ・カタツムリ……この時期に一気に増えます。夜間に活動するので朝の食害跡で気づくことが多い
- ハダニ……逆に乾燥を好むので、雨の当たらない軒下の鉢で増えることがあります
どれも共通して言えるのは、見つけたその日に対処すれば軽く済むということ。傷んだ葉は一枚残らず取り除いて、地面に落とさず捨てる。それだけで広がり方がまるで違います。
切り花にとっての梅雨——湿度は高いのに、水が下がる
お花屋さんがいちばん気を張る季節
鉢植えの話が続きましたので、ここからは切り花の話をさせてください。実は花屋にとって、梅雨は一年でもっとも神経を使う季節です。
お客様からよく、こんなご質問をいただきます。

こんなに湿気が多いのに、どうしてお花はすぐ「水が下がって」しまうんでしょう。乾燥している冬のほうが、よっぽど長持ちする気がします。

そうなんです、不思議ですよね。でもこれ、理由がはっきりあるんですよ。空気の湿度と、茎の中の話は別なんです。
なぜ、湿度が高いのに水が下がるのか
「水が下がる」とは、花が水を吸い上げられなくなり、首が垂れ、葉がしおれてしまう状態を言います。梅雨に水が下がりやすい理由は、大きく三つあります。
① 水の中でバクテリアが爆発的に増える
気温と湿度が上がると、花瓶の水の中の細菌が一気に繁殖します。細菌は茎の切り口に集まり、粘り気のある膜(バイオフィルム)を作って、水の通り道である導管を物理的に塞いでしまうのです。茎の先が茶色くぬめっていたら、それがサイン。水はたっぷりあるのに、ストローが詰まって飲めない状態です。
② 高湿度で、蒸散が止まってしまう
植物は葉から水を蒸散させ、その力で根や切り口から水を引き上げています。ところが空気が湿りきっていると、蒸散そのものが起きにくくなる。ポンプが止まるわけです。しかも梅雨明け前後には急に晴れて気温が上がる日があり、そのとき蒸散が一気に再開して、詰まった導管では追いつかなくなる。この落差が、いちばん花を傷めます。
③ 花や葉が濡れたまま乾かない
湿度が高いと、花弁についた水滴が乾きません。濡れた花弁は傷みやすく、そこから灰色かび病が入って茶色いシミになります。バラやトルコキキョウのような花弁の薄い花では、これが致命傷になることも。
梅雨に切り花を長持ちさせる、五つのこと
- 水を毎日替える……他の季節が二日に一度なら、梅雨と夏は毎日。これが最も効きます
- 花瓶の内側をこすって洗う……ぬめりはバクテリアの巣。すすぐだけでは落ちません
- 水を替えるたびに茎を一センチ切り戻す……詰まった切り口を新しくする。水中で切る「水切り」がより確実です
- 水につかる部分の葉は、すべて取る……水中の葉は腐って、菌を爆発的に増やします
- 水は浅めに……深水は水揚げの応急処置には有効ですが、日常管理では浅めのほうが水が傷みにくいとされます
それでもうなだれてしまったら、新聞紙でまっすぐに巻いて、深い水に一〜二時間つける——いわゆる深水を試してみてください。茎を切り戻してから行うのがコツです。多くの花は、これでしゃんと戻ります。
置き場所も大切です。エアコンの風が直接当たる場所、直射日光、そして果物の隣は避けてください。熟した果物から出るエチレンガスは、花の老化を早めることが知られています。
切り花のケアについては、季節を問わず使える基本を切り花を長持ちさせる方法まとめにまとめてあります。梅雨のあいだ、手元に置いておいていただけたら嬉しいです。

うちの店でも、この時期はバケツの水替えの回数を増やしています。地味な作業ですけど、正直これがいちばん効きます。
芒種の頃に出回る花
市場の様子は年や産地によって変わりますので断定はできませんが、一般にこの時期の花屋の店先には、こんな顔ぶれが並びます。
雨の似合う花
- アジサイ(紫陽花)……この季節の主役。鉢物も切り花も出回ります。土壌の酸性度で花色が変わることで知られ、青系は酸性、赤系はアルカリ性寄りの土で出やすいとされます
- クチナシ……純白の花と、夜に濃くなる甘い香り。三大香木のひとつに数えられます
- カラー……すっと伸びた茎と、巻いた仏炎苞(ぶつえんほう)。雨の日の窓辺によく似合います
- ユリ……初夏のユリは香りも姿も堂々としています。花粉は開いたら早めに取り除くと、花持ちも周りも汚れません
夏へ向かう花
- ヒマワリ……六月から少しずつ。梅雨の店先に一本あるだけで、空気が明るくなります
- トルコキキョウ……日本の初夏を代表する花。花持ちがよく、この季節にはありがたい存在です
- グラジオラス……縦のラインが涼しげ。下から順に咲き上がるので長く楽しめます
- ハス・スイレン……六月下旬から。水の季節の花です
- ドクダミ、ホタルブクロ、シモツケなどの山野草……素朴で、湿った季節によく合います
そして忘れてはいけないのが、グリーンです。ドラセナ、モンステラ、アイビー、シダ類。梅雨の高湿度は観葉植物にとっては心地よい環境で、一年でもっとも新芽が動く季節でもあります。雨が苦手な植物と、雨を喜ぶ植物。この季節は、後者を主役にしてしまうのが賢いと思います。

「ホタルブクロ」って、蛍を入れて遊んだから、という説があるんですよ。ちょうど腐草為蛍の頃に咲く。名前と暦がつながっているのが、この季節の面白いところです。
現代の暮らしのなかの「種まき」
芒種は種まきの節気です。とはいえ、田んぼを持っている方はそう多くないでしょう。では都市に暮らす私たちにとっての種まきとは何か。
ひとつは、文字どおりの種まきです。この時期からでも間に合う、あるいはこの時期が適期とされるものがあります。
- バジル、シソ(大葉)、パセリ……高温を好むので、六月まきでも十分育ちます。梅雨の雨は発芽の味方
- アサガオ、ヒマワリ、ヒャクニチソウ……夏の花の代表。今からでも間に合う品種があります
- 豆苗の再生栽培……種すら要りません。切ったあとの根元を水に浸けておくだけ。窓辺の観察にはうってつけです
- 秋の花の準備……コスモスなど、初夏にまいて秋に咲く花もあります
もうひとつは、比喩としての種まき。新しい習慣、まだ形になっていない計画、誰かに伝えておきたい言葉。芒種は、暦が「始めてよい」と言ってくれている節気です。
この時期には、一粒万倍日が重なる日もあります。「一粒の籾が万倍に実る」とされる吉日で、まさに種まきの節気にふさわしい暦注です。日付が重なった日を、何かを始める口実にしてしまう——それくらいの気軽さでいいと思っています。

種ってさ、あんなに小さいのに、全部の設計図が入ってるんだよ。ぼくたちは知ってる。始めるときって、いつも、それくらい小さくていいんだ。
おわりに——穂先の毛から始まった話
穂の先の、細い毛。それが「芒」。その一文字が季節の名前になり、その季節のなかでカマキリが生まれ、朽ちた草から光が湧くと信じられ、梅の実が黄ばんで、雨の季節に木の実の名前がついた。
芒種という節気をたどっていくと、昔の人がどれだけ丁寧に世界を見ていたかがわかります。五日ごとに名前をつけるというのは、五日ごとに何かが変わっていることに気づいていた、ということです。
今年の梅雨入り前、ほんの十分でかまいません。ベランダに出て、鉢の葉を少し間引いて、受け皿の水を捨ててみてください。それだけで、あなたの植物の夏はずいぶん楽になります。
そして雨の夜には、窓の外の暗がりを一度だけ眺めてみる。もう蛍のいない街かもしれませんが、この季節、どこかで確かに、朽ちた草のあたりから光が生まれています。

芒種から夏至までの十五日は、植物にとっての「準備の二週間」です。ここで手をかけた鉢は、夏をちゃんと越えてくれる。私はそう思っています。
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